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Hanabiを立ち上げた日。

Hanabiを立ち上げた日。

チーム

2026/04/10

元代表・中渓一心が振り返る、ファウンダーとしての2年間

2023年、神山まるごと高専で立ち上がったFRCチーム「Hanabi」。
その出発点にあったのは、1年生になってまだ間もない、入学直後の5月に行われたある授業の講演でした。
まだ多くの学生がそれぞれの活動を本格的に始める前で、学校全体に高いモチベーションが漂っていた時期。そんなタイミングで、中渓一心はFRCに出会います。
「うわ、めっちゃかっけえ。作りてえ!」
ロボットを作りたい。その衝動が、Hanabiの立ち上げへとつながっていきました。
今回話を聞いたのは、Hanabiのファウンダーであり、初代代表を務めた中渓一心。
ロボットを作りたい。その衝動から始まった挑戦は、やがてチームづくり、資金集め、仲間集め、そして不安を引き受け続ける2年間へと変わっていきました。
Ignitersでは今回、中渓に、Hanabi立ち上げのきっかけと、初代代表として背負っていたものについて話を聞きました。

「うわ、めっちゃかっけえ」から始まった

ー Hanabiを立ち上げようと思ったきっかけを教えてください。

中渓:きっかけは、1年生の5月、入学してまだ間もない頃に、国内のFRCチーム”サクラテンペスタ”を立ち上げた、中嶋花音さんが神山まるごと高専で講演してくれたことです。そこで初めてFRCという競技を知りました。入学したばかりの時期に、あんな世界に出会ったのはかなり大きかったと思います。人間くらいのサイズのロボットがぶつかり合っていて、もう単純に「うわ、めっちゃかっけえ。作りてえ!」ってなりました。

授業終わりに話をする中渓と中嶋さん

その講演は社会科の授業の中だったんですけど、それだけじゃ全然話し足りなくて。放課後、中嶋さんが学校案内を受けていたときに、詳しい話を聞きに行きました。
その場には、のちにチーム立ち上げでお世話になる、学校スタッフのりっきーもいました。

ー そのとき、すぐに「自分がチームを作ろう」と思ったんですか?

中渓:いや、全然そんな感じではなかったです。自分はロボットを全くやったことがなかったし、見た瞬間に「これはハードル高いぞ」ってわかっていました。
やればできる、みたいな脳筋思考も持ってなかったので、すぐに「よし、今年出よう」とはならなかったです。

ただ、自分以外にもかなりFRCに興味を持っていた学生がいて、その子はロボットの経験があったんです。だから最初は「一緒にやろうぜ。1年くらい他の小さいロボットコンテストに出て経験を積んで」みたいな話をしていました。でも、その流れの中で中嶋さんに「もう今年出ちゃいなよ」と言われて。そう言われると気持ちが乗ってきてしまって、それじゃあ仲間が必要だ、と思って、クラスメイトの前で「一緒にやりませんか」と声をかけました。

ー 周りの反応はどうでしたか?

中渓:講演を聞いているときから、他のクラスメイトも結構興味を持ってそうだったんです。実際に、一緒にやりたいと言ってくれた人は26人くらいいました。44人のクラスなので、かなり多かったと思います。2023年4月の開校直後の5月だったので、まだみんなそんなに活動を始めていない時期でもあったし、全体的にモチベーションも高かったと思うんです。神山まるごと高専っていう特殊な環境もあったし、ロボット経験のある子が一緒にやるって言ってくれていたこともあって、すごくワクワクしていました。

勢いで始めたことが、勢いだけでは進まなくなった

ー 立ち上げ当初、大変だったことは何でしたか?

中渓:みんなに「一緒にやろう」と呼びかけたんですけど、最初に一緒に出ようと言っていたロボコン経験のある子が、大勢でやる想定ではなかったみたいで、いきなり辞めることになってしまって、まじかって感じでした。

その子がいたからはじめた、みたいなところも大きかったので、いきなり丸裸になるというか。そういう感覚でした。人数は集まりました。でも、26人いて、誰もロボットをやったことがなくて、どこから手をつけるつもりだったんだよって今思うと笑えます。

ー 当時は、何から始めていたんですか?

中渓:本当に、どこから手をつけたらいいかわからなかったです。形だけのリーダーになっていた時期は、すごく心細かったですね。早い段階で自分以外にも何人かに声をかけて、サブリーダーというか、中心メンバーみたいな6、7人くらいでそれからの進め方を話していました。

必死に情報集めをしていた時期があった

でも、その中心メンバーも誰が何の役割か曖昧だったし、そもそもどういう体制で進めるのがいいのかも全然わからなかったです。FRCは日本で普及していないし、資料は全部英語だし、チーム登録も全然わからない。夜な夜な経験者の人にオンラインでつないでもらって、少しずつ情報を得ていく感じでした。
その間、他のメンバーは不安だっただろうなと思います。
実際、途中でチームを退く選択をした人も結構いました。

ー 不安は大きかったですか?

中渓:不安はめちゃくちゃ大きかったです。
FRCについての解像度が上がっていく中で、渡航費や登録費でお金がすごくかかることもわかったし、情報系がメインの学校でロボットを作ることがかなり難しいことも理解していきました。勢いで始めたことが、勢いだけではどうしようもなくなっていく感覚が、マジで怖かったです。

自分ひとりでやっていることじゃないから、「やっぱりやめた」はできないし。もう無理だ、ごめん、みたいな弱音はだいぶ吐いていました。代表向いてなかったと思います。旗振り役が旗を振るのを放棄しようとしていたので、メンバーからしたら最悪ですよね。ネガティブなリーダーでした。
でも、そんな自分を他のリーダーたちが励ましてくれるミーティングが何度もありました。あのとき見捨てないでくれたみんなには、本当に感謝しています。

ロボットを作りたかったのに、まず必要だったのはチームだった

ー 初代代表として、一番考えていたことは何でしたか?

中渓:自分がチームを立ち上げた動機は、「ロボットを作りたい」だったんです。
でも、蓋を開けてみたら、実際に手を動かしてロボットを作るフェーズは全然来なくて。情報を集めることと、チームをとにかく動かすことで、本当に手一杯でした。
だから、「ロボットで勝つぞ」という気持ちはもちろんあったけど、それ以上に、メンバーがどう思うか、どうしたらみんなが納得して活動できるか、ということをめちゃくちゃ考えていたと思います。

みんなが嫌な思いをしていないかとか、納得して仕事できているかとか。嫌われるのが怖かったので、そういうところに気が行きがちでした。

1年目の合宿期間中、メンバーとの対話を積極的に行っていた

ー 勝つことと、チームをつくること。どちらを優先していましたか?

中渓:もちろん世界大会に行く、勝つ、という目標はありました。
でもそれと同じくらい、メンバーの納得感を大事にしたかったです。
結果だけじゃなくて、過程を大事にしたかったんだと思います。

代表は、生活の中心であり、呪いのようなものでもあった

ー Hanabiは、自分にとってどんな存在でしたか?

中渓:その時、Hanabiは生活の中心にありました。
Hanabiのそばで学業をしていたし、Hanabiのことを考えない日は1日もなかったと思います。かけがえのない経験だったし、やっていない今を想像できないし、自分の糧になったと思います。
楽しいとか、嬉しいとか、気持ちが昂ることもありました。でももちろん、辛いとか苦しいとか、そういう思いもしたし、なんならそっちの方が多かったです。

ー その「苦しさ」は、どんなものだったのでしょうか。

中渓:自分にとって代表っていうのは、呪いみたいな感じでした。
チームの不安の最後の受け皿はリーダーに行くので、ずっと不安と緊張の中にあったと思います。
お金が集まるんだろうかという不安もあったし、パートナー企業から応援されているのだから勝たなければならないという強迫観念もあったし、自分が止まればチームが止まるという独りよがりな不安もあった。
みんなが納得感を持てているか、ずっと探っていました。

1日これだけやれば終わり、というものでもなかったし、悩みをぐるぐる反芻してしまう自分の特性も相まって、マジで笑えねー、みたいな時も結構ありました。

でもその一方で、めっちゃ仕事ができるし熱いメンバーにも恵まれました。リーダーなのに励ましてもらったり、自分の想像以上のアウトリーチを企画したり、ウェブサイトを作ったり、お金を集めたりしてくれるメンバーがいて、本当に支えられていました。

初年度のハワイ大会で初得点の喜びを分かち合う中渓とチームメンバー

資金集めが目標達成したと聞いたときに、みんなで抱き合って喜んだこと。
初めてロボットが動いたときの感動。
大会で1点決めたときの興奮。
たぶんああいう瞬間は、ずっと忘れないんだろうなと思います。
Hanabiなしでは関わらなかった人たちも絶対いるし、いろんな人たちと2年間も同じ目標を見て活動できたことは、本当に宝だと思います。

当時の自分にかけたい言葉

ー 当時の自分に声をかけるなら、どんな言葉をかけますか?

中渓:「もっとちゃんと前を見て」ですね。
大会で勝つ、っていう一番の目標を見失って、自分の過去の失敗を振り返ったり、どうしようもないことにずっととらわれて足止めを食らっていたので。今からできることだけを考えて、諦めずに、一歩でも前に進むことを考え続けてほしいです。
これは、同じメンバーだった親友から学んだことでもあります。

ー 今、この記事を読んでいる方に伝えたいことはありますか?

中渓:一個前の質問と似てしまうんですけど、やっぱりポジティブに考えることと、前に進むことを考えたいですね。
あと、集団の力って本当に想像を超えると思っています。
やりたいけど、自分だけだと自信がないことがあるなら、声を上げて仲間を募ってみてほしいです。
何様だよって感じですけど。

いまのHanabiのメンバーへ

ー 最後に、今のHanabiのメンバーへ伝えたいことはありますか?

中渓:チームを卒業してちょうど1年、みんなを見ていると、懐かしさと戻りたくなる気持ちがあって、正直羨ましいなと思います。
話す機会が少なくなった人もいるし、まだチームに残り続けている人もいると思うけど、みんながHanabiという名のもと集まれているのは、すごく貴重なことです。
たぶんその尊さって、後で気づくはずです。時間と知恵をしぼる目的が同じ仲間がいるって、マジで幸せなことだから。仲良く、仲間を大事にしてほしいし、やるからには全力でがんばれって言いたいです。
臆病な前代表より。


ロボットを作りたい。そんな衝動から始まったFRCチーム「Hanabi」は、決して一直線に進んできたわけではありません。仲間を集めること、続けること、不安を引き受けること。チームを立ち上げるというのは、想像していた以上に、泥くさくて、怖くて、それでも前に進み続ける営みだったのかもしれません。
それでも中渓の言葉から見えてくるのは、一人では超えられないことも、集団なら超えられるということ。
Hanabiのはじまりには、ロボットへの憧れだけではなく、人と人が集まることで生まれる力が確かにありました。

(取材日:2026年2月21日)

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